AMDは、次世代GPU「Instinct MI355X」の発売を当初予定の2025年後半から2025年半ばに前倒しする計画だ。この新GPUは、288GBのHBM3Eメモリを搭載し、8TB/秒の帯域幅を実現する。さらに、FP6およびFP4といった低精度計算に対応し、AI処理のニーズに応える設計となっている。
これにより、NVIDIAのBlackwell B200(192GBのHBM3Eメモリ搭載)と競合する高性能AIアクセラレーター市場での存在感を高める狙いがある。AMDのデータセンター事業は急成長しており、2024年には同部門の売上が約257.9億ドルのうち半分近くを占め、Instinct GPUの売上だけでも50億ドルを超えた。
しかし、HBMの供給制約や先進的なパッケージング技術へのアクセス制限といった生産上の課題も抱えている。NVIDIAがAIアクセラレーター市場で90%以上のシェアを持つ中、AMDはMI355Xの投入で市場シェアの拡大を目指している。
Instinct MI355Xが持つ技術革新—新たなAI時代の到来へ
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AMDが発表を急いでいるInstinct MI355Xは、従来のGPU設計とは異なる革新をもたらす可能性がある。その核となるのはCDNA 4アーキテクチャとHBM3Eメモリの大容量化だ。特に、288GBというメモリ容量はこれまでのAIアクセラレーターでは見られなかった規模であり、データ処理の並列性を大幅に向上させる。
このメモリ構成の進化によって、機械学習モデルの学習速度が向上し、生成AIや大規模言語モデル(LLM)のトレーニング時間が短縮されることが期待される。また、HBM3Eメモリの帯域幅は8TB/秒に達し、従来のHBM3と比較して圧倒的なデータ転送能力を持つ。この高速なデータ処理は、NvidiaのBlackwell B200との競争において重要なポイントとなる。
一方で、このような高性能設計には課題もある。HBM3Eは従来のGDDRメモリよりも製造コストが高く、供給の安定性にも懸念が残る。さらに、GPU本体の発熱量も増加するため、冷却技術の進化が求められる。
AMDはこうした問題に対処するため、CoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)といった高度なパッケージング技術を採用しているが、これが生産のボトルネックにならないかが今後の焦点となる。NvidiaのBlackwell B200が192GBのHBM3Eメモリを搭載していることを考えると、MI355Xの288GBという仕様は市場での競争力を強める要因となる。
ただし、単にスペックが高いだけでは市場を席巻できない。AIアクセラレーターの分野では、ソフトウェアの最適化とエコシステムの強化も重要な鍵を握るため、AMDの今後の戦略が注目される。
Nvidiaの独占状態を崩せるか—Instinct MI355Xの市場戦略
現在、AIアクセラレーター市場はNvidiaが90%以上のシェアを握っている。これは、単にハードウェアの性能が優れているからではなく、CUDAエコシステムが業界標準として定着しているためだ。多くの企業や研究機関がNvidiaのGPUを前提としたソフトウェア環境を構築しており、AMDがこれを打破するには単なる性能向上だけでは不十分だ。
AMDはこれに対抗するため、ROCm(Radeon Open Compute)というオープンソースのコンピューティングプラットフォームを提供している。ROCmは、AI研究やHPC向けの計算ライブラリを備え、NvidiaのCUDAとの互換性も強化されつつある。特に、PyTorchやTensorFlowといった主要なAIフレームワークでのサポートが進められており、Instinctシリーズの普及を後押ししている。
また、AMDはクラウドプロバイダーや大手データセンターとの提携を拡大しており、MI355Xの導入が進む可能性がある。すでにMicrosoft AzureやGoogle CloudではInstinct GPUの採用が始まっており、AWSなど他のクラウドサービスでも今後の展開が期待される。このような動きは、Nvidiaの独占状態を崩す重要なステップとなるだろう。
ただし、NvidiaはBlackwellシリーズを前倒しで投入し、さらなる技術革新を進めている。特に、次世代AI向けのソフトウェア最適化を積極的に行っており、単純なスペック競争にとどまらず、エコシステム全体の強化を進めている。AMDが本格的にシェアを拡大するには、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアの最適化や開発環境の整備にも注力する必要がある。
AI時代のゲームチェンジャーとなるか—Instinct MI355Xの今後の展望
AI分野におけるハードウェア競争は、単なるスペック争いにとどまらず、業界のパラダイムを変える可能性を秘めている。Instinct MI355Xが登場することで、高性能AIアクセラレーターの選択肢が増え、Nvidia一強の市場に変化が生まれるかもしれない。
特に、データセンターの需要が急拡大する中で、AIの処理能力向上は不可欠となっている。現在、AIモデルのサイズは爆発的に増加しており、それに伴って必要な計算資源も膨大になっている。MI355Xが288GBのHBM3Eメモリを搭載し、高速な計算処理を実現することで、大規模言語モデル(LLM)のトレーニングがさらに加速する可能性がある。
また、AMDはオープンソース戦略を採用しており、開発者にとって自由度の高い環境を提供している点も強みとなる。ROCmの進化が続けば、長期的に見てNvidiaのCUDAと並ぶプラットフォームとしての地位を確立するかもしれない。特に、企業や研究機関がより柔軟な開発環境を求める中で、AMDのオープンなアプローチは一定の支持を得るだろう。
しかし、Nvidiaはすでに次世代GPUの開発に着手しており、MI355Xが登場した後も熾烈な競争が続くと予想される。AMDがNvidiaのシェアを本格的に奪うには、単なる高性能GPUの投入だけでなく、長期的な戦略とエコシステムの拡充が不可欠だ。MI355Xが市場にどのような影響を与えるのか、今後の動向に注目が集まる。
Source:TechRadar