クアルコムとArmの対立が深まる中、Armはクアルコムに対する命令セットの使用ライセンスを取り消す動きを見せている。この決定により、クアルコムは今後のチップ設計に大きな打撃を受ける可能性がある。特に、Oryon CPUを搭載したSnapdragonシリーズの製品が影響を受ける見込みだ。
同時に、クアルコムはオープンソースのRISC-V命令セットへの移行を検討しており、業界全体に波紋が広がっている。
Armとクアルコムの対立が激化—ライセンス契約の破棄
クアルコムとArmの関係が緊迫化している。2024年10月、Armはクアルコムに対して命令セットの使用ライセンスを取り消す意向を発表した。このライセンス取り消しが実行されれば、クアルコムはArmの知的財産を利用して独自のチップ設計を行うことができなくなる。特にクアルコムが手掛けている最新のOryon CPUやSnapdragonシリーズの設計に影響が及ぶ可能性が高い。
この事態の背景には、クアルコムが2022年にNuviaというスタートアップ企業を買収したことがある。Nuviaは元々Armのライセンスを取得してチップ設計を行っていたが、クアルコムがNuviaの技術を自社に移管する際にArmの許可を得ていないという問題が発生した。Armはこの移管を違法だと主張しており、クアルコムに対して契約の再交渉やNuviaの設計破棄を求めている。
クアルコムはこれに反発し、自社の契約はNuviaの活動をカバーしていると主張しているが、現時点では解決の兆しは見えない。60日以内に両者が合意に達しなければ、クアルコムは製品販売を中止するか、多額の損害賠償請求に直面する可能性がある。
Oryon CPUへの影響とSnapdragonシリーズの今後
今回のライセンス取り消しがクアルコムに与える影響は甚大である。特に、同社が近年開発を進めてきたOryon CPUを搭載した製品に大きな影響が出る見込みだ。Oryon CPUは、クアルコムがArmの命令セットをベースに独自に設計したもので、Snapdragon X EliteやSnapdragon 8 Eliteといったハイエンド製品に採用されている。
これらの製品は既に市場に投入されているため、ライセンスの取り消しが即座に販売停止に繋がることはないが、今後のアップデートや新モデルの開発が大幅に遅れる可能性がある。また、Snapdragon 8 Gen 3などの旧モデルは引き続き販売される見込みだが、技術革新が停滞することは避けられない。
クアルコムは既に多くのリソースをこの設計に投じているため、もしArmがライセンス取り消しを強行すれば、これまでの開発が無駄になり、多大なコストを伴う再設計を余儀なくされる。さらに、競合他社がその隙に乗じて市場シェアを拡大するリスクもある。
代替手段として浮上するRISC-Vの可能性
Armとの対立が深まる中、クアルコムが次に取るべき手段として注目されているのが、オープンソースのRISC-V命令セットへの移行である。既にクアルコムは2023年にGoogleと協力して、RISC-Vを採用した新しいWear OS向けチップの開発を進めている。このチップは、将来的にAndroidデバイスにも対応する可能性があり、クアルコムの製品ラインナップに新たな選択肢をもたらすと見られている。
RISC-Vの利点は、オープンソースであるため、特定の企業に依存せずに技術開発を進められる点である。これにより、クアルコムはArmのライセンス問題から解放され、より柔軟な設計が可能になる。また、RISC-Vは既に多くの企業が注目しており、今後さらに普及が進むことが予想される。
しかし、RISC-Vへの移行は容易ではない。特に、現在のSnapdragonシリーズは長年にわたりArmの命令セットを基盤に設計されてきたため、即座にRISC-Vに切り替えることは技術的にも時間的にも難しい。それでも、クアルコムがRISC-Vに賭けることで、業界全体の命令セットの選択肢が広がる可能性がある。
60日以内の合意は可能か—業界全体への影響
クアルコムとArmの対立が続く中、焦点は60日以内に両者が合意に達するかどうかに移っている。もし合意が成立しなければ、クアルコムは多大な損害を被るだけでなく、業界全体にも影響が及ぶことが予想される。特に、クアルコムの主要な顧客であるスマートフォンメーカーや自動車メーカーにとって、製品の供給が滞ることは致命的な打撃となる。
さらに、この対立が解決しない場合、他のチップメーカーもArmに対して警戒を強め、独自の命令セットやRISC-Vへの移行を検討する可能性がある。これにより、Armが長年支配してきたモバイルチップ市場において、技術革新の流れが大きく変わるかもしれない。
一方で、クアルコムは今回のライセンス問題を迅速に解決しなければならない立場にある。同社はすでに大規模な製品開発計画を進めており、これが遅れることは競争力の低下に直結する。業界全体の注目が集まる中、両者が妥協点を見出せるかどうかが今後のチップ業界の動向を大きく左右するだろう。